私たちの研究室では,腸管免疫応答を調節する食品成分を探索し,その作用機序を分子レベルで明らかにすることを目的に研究を行っています。

 私たちが摂取した食品は,胃や膵臓の消化酵素の働きにより分解された後,腸管において食品成分が栄養素として吸収されます。腸管は,栄養素の吸収を担う腸管上皮細胞だけではなく,粘液を分泌する杯細胞や抗菌物質を生産するパネート細胞などの多種類の細胞から構成された臓器です。とりわけ免疫応答を司るリンパ球が腸管には多数集積しており,食品と共に腸管に侵入する病原体の排除にこれらリンパ球が重要な役割を果たします。すなわち,腸管は栄養素の消化・吸収器官であると同時に,人体で最大の免疫器官でもあります。

図1

 食物繊維は,ヒトのもつ消化酵素では分解されずに腸に到達し,腸内細菌のエサとなります。腸内細菌の代謝産物が腸管における免疫応答を調節していることが明らかとなってきましたが,食物繊維が腸管細胞に及ぼす直接的な効果は不明なままです。一方,食物繊維の摂取に伴い腸管絨毛の形態が変化することが古くから知られており,腸管細胞が食物繊維に応答する可能性が示唆されています。私たちは,食物繊維の摂取に伴う絨毛の形態変化の生理的な意義の一つとして,腸管リンパ球を介して腸管免疫機能が調節されるのではないか,と仮説を立てました。

図2

 リンパ球の中でも抗原提示細胞と呼ばれる細胞は,直接腸管内の病原体や異物(抗原)を細胞内に取り込み,免疫応答の司令塔であるT細胞にその情報を伝達します。腸管においては,樹状細胞と呼ばれる抗原提示細胞の一種が,突起を延ばして,腸管管腔内の抗原を取り込むことが明らかにされました。したがって,食物繊維も樹状細胞に直接作用することで,その機能を調節している可能性が考えられます。また,腸管上皮細胞とリンパ球との細胞間相互作用により免疫応答が調節される可能性も考えられ,現在,モデル動物や培養細胞を用いて,食物繊維が抗原提示細胞の機能に及ぼす影響を解析しています。

 

また近年,過剰な免疫応答を抑制する免疫細胞が存在することが明らかになりました。腸管には,有害や病原菌や異物のみならず,有用な食品成分も流入します。これら無害な物質に対して過剰な免疫応答が起きない様に免疫応答を調節するしくみが腸管には備わっています。このような免疫寛容の維持に食品成分が果たす役割を明らかにすることも本プロジェクトの目標の一つです。